2020.9.X
■地方都市内の移動システムを自家用車に依存しないという視点で考えてみる
前ブログでは、都市内移動システムを都市デザインの新概念という立場で考えてみました。ここでは、自家用車に依存しない都市という視点から未来社会をさらに考察します。
新しい移動システムの考え方
21世紀の都市では、自然環境と人間性を重視した新しい理念に基づいて構造転換がはかられようとしています。具体的には、歩きと自転車、それらと公共交通機関とをうまく結合した移動手段を構築するとともに、比較的小規模なコミュニティとすることによって、自然との共生、人間性の回復が実現できる、快適で幸せを感じられる都市というものです。どこへ行くにも自家用車が無いと不便という世界とは大きく異なっているのです。
確かに自家用車には利用者の望むA地点からB地点へ地理的、時間的に自由に移動できるという大きな利便性があります。また、外界から閉ざされた空間を占有して自分だけの時を楽しむことができますし、好みの形や色を身にまとえる所有欲を満たすこともできるでしょう。高速道路を疾駆したり、ワインディングロードを思いのまま操縦する楽しみもあります。従って、自家用車数は将来減少するとしても全く消滅するということはないでしょう。空飛ぶ車やジェットスーツなど人間の欲望は限りが無いことから、自家用車所有を完全否定するわけではありません。しかし、次世代の公共交通機関を軸とした新しい都市内移動システムが整備されれば、自家用車に依存しなくても住みやすく快適な日常が手に入るのです。以下では、こうしたより良い世界が実現可能であることを裏付ける6つの視点を紹介します。
自家用車非依存でもより良い都市を実現できる6つの視点
(1) 交通事故防止の視点
シートベルトやエアーバッグ、最近では自動停止装置の完備によって交通事故数、交通事故死者数は減少してきているとはいえ、高齢者や子供が巻き込まれる交通事故が絶えません。自家用車に依存しない生活が快適に営まれるようになれば、交通事故は格段に減少できるはずです。
特に最近目立つ高齢者運転の事故を削減できます。一旦運転席に着けばどこへでも容易に運んでくれる利便性は、足腰の弱った高齢者にとって好適であり、免許証の返納が進まない理由とされています。都市内の移動システム整備はその点で緊急課題です。
新しい都市内移動システムを活用できるようになると、悪質なあおり運転による死傷事故、未熟運転や不注意による事故の回避、交通弱者救済などにも有効でしょう。さらに、飲酒運転による悲惨な交通事故を無くせます。このことは、市内の居酒屋やレストランなどでアルコール飲料を楽しむことができ、後述する景気浮揚にもつながります。
(2) 交通渋滞緩和の視点
自家用車数が減少すれば、幹線道路の渋滞を緩和でき目的地への到達時間の短縮、燃料費の節減、排気ガスの低減につながることは言うまでもありません。運輸・配送業者の移動を容易にし、その労働生産性を向上できることから、大きな経済的効果をもたらすことも期待されます。
なお、自動運転車は交通渋滞と交通事故の防止効果の点では好ましいのですが、家計支出への負担が大きく、しかも交通量と車両走行距離を増やす結果になることに留意が必要です。自動運転は、公共交通機関、物流など限定した適用が本筋と思われます。
(3) 道路の効率的利用の視点
自家用車数が減少すれば、幹線道路への車の流入量を減少できます。渋滞緩和に効果があることはもちろんですが、幹線道路を走る公共交通機関へ与えられる走行空間を拡大できるという利点も出てきます。そのため、公共交通機関の走行専用化、あるいは時間帯を限定した優先走行路線化が可能となり、走行の安定性、定時性が図れるという利点を生み出します。また、自家用車数減少により道路の利用余地が拡大すれば、歩道や自転車専用道路の確保も可能となります。
(4) 気候変動対策の視点
地球温暖化、気候変動の原因とされる炭素排出量を削減できます。ガソリン車・ディーゼル車からハイブリッド車(HEV)を経て、電気自動車(EV)への移行による炭素低減効果はあるものの、石炭火力主体の発電では排出炭素が不可避なため、車の数を減らすこと、そして走行距離を減らすことによる温暖化ガス削減の効果は大きいと言えます。この気候変動問題は、グローバルに大変大きな動きになっており、地方都市としても無関心ではいられない重要テーマであると言えます。
(5) 健康・医療の視点
排出ガスや粉じんを低減することによって、呼吸器疾患やアレルギー性疾患を抑制可能です。車の走行量と工場排ガスの相乗効果で悲惨な大気汚染が発生している中国はじめ発展途上国の大都市で、健康被害、医療費増大が大問題になっています。程度の差こそあれ国内の地方都市でも、大気汚染による子供の呼吸器疾患(ぜんそく)など大きな課題となっています。
自家用車に頼らない社会では、大気汚染の無いきれいな環境での歩きや自転車を利用した生活となるので、健康増進はもとより医療費削減の効果が期待できます。ウォーキングやサイクリングは、筋肉や骨の維持・増強、成人病の防止にも恩恵があります。こうした健康効果は自家用車から離れることによって獲得できるのです。
(6) 景気浮揚の視点
既に述べたように、渋滞緩和による経済効果が大きいことは各所で試算されています。Eコマースの急拡大による宅配をはじめ、物流の円滑化による産業の効率化、生産性向上、バス、タクシーほかの輸送機関の利用拡大など効果が期待できます。
家計での支出(車の値段、車検、保険、メンテナンス、駐車料金、ガソリン代など)を大幅に削減できるという効果もあります。このことはまた、削減分を消費に回すことで景気高揚に寄与できるのです。加えて、所有されている自家用車はほとんどの時間動いていないという事実があります。必要な時だけ使うという発想のカーシェアリング、カーレンタルなどへ移行すべきかもしれません。そうしたマインドの転換が進めば経済効果も大きくなるはずです。
自家用車非依存の意義とまとめ
経済成長によって自家用車の普及が進んだことで一見便利な生活が享受できるようになったと感じる市民は多いかもしれません。確かに発展途上国であれば車の所有は繁栄の象徴と位置付けられるでしょう。しかし、先進国のアメリカ、最近では中国でさえ、こうした車依存の社会からの転換がはかられようとしているのです。これは2015年に国連で定められた「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」[2]に示されている2030年までの人類の目指すべき行動目標に包含されます(特に目標11)。
一方国内においても、政府の重要施策の一つ「働き方改革」の中で示されるように、働きすぎ抑制、ワーク・ライフ・バランスの見直し、QOL(Quality of Life)向上、など先進国にふさわしい豊かな生き方が目標となっています。景気の実感を国のすみずみまで行きわたらせるという「地方創生」の促進と相まって、地方都市のあり方の転換は今後加速されるものと思われます。その中で個人所有の車の位置付けも変化すると予想されます。
自家用車は趣味、嗜好、スポーツ、レジャー、特殊用途などに限定され、地点移動の手段としての所有は、ごく少数になるのではないでしょうか。さらには、地方都市の再生を真剣に捉え、改革のために立ちはだかる壁を打ち破るためには、自家用車をできるだけ排除するという痛みを伴う施策の導入が極めて効果的といえるでしょう。市民の意識改革が必要です。
参考:
[2] UNDP:持続可能な開発目標,
http://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sustainable-development-goals.html
コメントをお書きください