先月発足した新政権では、行政改革、とくにデジタル化を通じた効率化を看板政策としています。デジタル化推進の波はまた、コロナ禍の中で対面や濃厚接触を避けるためのオンラインあるいはリモートでの会議、診療、授業といった形で身近な存在になりつつあります。ここでは、教育のデジタル化について取り上げます。
筆者らは、民間企業で約40年勤務し、部下や若手社員の教育に携わった経験があります。目指すべき企業人、社会人に成長するためにはどのように指導したら良いか試行錯誤したことがあります。また、パソコンなどのデジタル機器は業務遂行に必須アイテムであり、使いこなしてきました。もちろん、自分の子供や孫には教育を通じてこんなふうに育ってほしいという願いもあります。そうした経験や願望に基づいた視点から、デジタル化の進む教育現場で指導に当たられている小中校の先生方を応援したいというのがこのブログの動機です。小中校での様々な学びは、その後の社会生活を送る上でしっかりとした基盤を形成したことは間違いなく、先生方の教えは人生の財産であることを今再確認しています。
厳しい教育現場でもデジタル化の本格的な波が押し寄せている
ところが、教育の現場では心を痛める現実があることが日々報道されています。例えば以下のような記事です。
#先生死ぬかも…SNSで教師が悲鳴 オンライン授業で負担増「これ以上は地獄」〈AERA〉9/27(日) 9:00配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/8819adf90217d768ad4ebc6c3ad490ad3315d9c3
教師への負担がますます増大しているということです。記事の末尾に記されているように、「理想の追求ではなく、持続可能なオンライン授業が求められている」という考え方が大切なのだろうと思います。
コロナ禍対策でもある補正予算が後押しとなり、文部科学省のデジタル化推進施策では、今年度中に生徒一人に1台のタブレットが与えられ、学校の通信環境が整備される、との予定です。長い間待たれていた先端教育の現実がそこまで近づいているのです。教師の負担増や過激な働き方に向かうのでなく、この機会をプラスに捉え、デジタル化の恩恵を存分に享受したいものです。
デジタル教育の新しい波「GIGAスクール」とは何か?
では、文科省が進めているデジタル教育施策の基本である「GIGAスクール構想」とは何かを見てみましょう(GIGA = Global and Innovation Gateway for All)。その理解のためには以下の動画が参考になります。(末尾に掲載した資料[1]~[4]も参考になります。)
「GIGAスクール構想の実現」とは ~学校情報化の目的と概略~
2020/05/25 にライブ配信されたもの(全73分)
https://www.youtube.com/watch?v=CtHWnraIajA
内容の要点は以下です。
・なぜ学校情報化が必要か
・情報活用能力の育成
・ICTを活用した学習活動
・ICT活用の実態
・ICT環境整備の実態
・国の動き
・GIGAスクール構想
・構想実現にむけて
・新型コロナウイルス感染症 学校休業でのICT活用
情報化社会の次の時代、それがSociety5.0ですが、その到来に対応して「情報活用能力」を言語能力や計算能力などと同様に育成しなければならない、それが今推進されているICT化である、というのです。プログラミング能力、ネットワークの知識やパソコンの操作能力などは確かに最小限は必要でしょう。しかし、そうしたデジタル機器の使い方、スキルを学ぶことがすべてではない、というのが筆者らの意見です。(ここで、情報化、デジタル化、ICT化など多用されますが、言い回しの違いのみで中身はほぼ同じと考えて良いと思われます。)
デジタル教育の本質は機器の使いこなし技術ではないと考えるべき!
なぜかというと、デジタル機器は学びのための一つの手段、道具であり、文房具と考えられるからです。そのスキル向上が目的ではないのです。情報活用の「活用」の部分が重要であり、もともと小中校で育成されるべき様々な能力、例えば課題解決力、判断力、創造力、自主性、協調性、などを従来の教科の中で育んでいくことがデジタル教育の主眼なのではないかと思うのです。
先の動画の中で、「学校におけるICTを活用した学習場面」について述べられています。一斉学習、個別学習、調べもの、模型作り(シミュレーション)、表現・創作、家庭学習、協同学習(チームで、意見整理、創作、発表など)、学校の壁を越えた教育(遠隔地間)、などが具体例です。生徒の知識や読み書き能力などに用いることはデジタル教育でも大切な役割ですが、表現や創作能力の育成や、とくに協同学習に大きな意義があると考えます。教師の創造力、指導力が発揮できる授業が期待されます。
デジタル機器の操作能力、スキルの不足は心配無用
こうしてみますと、タブレットの使い方やネットワーク利用などのテクニカルな面で不安を持たれる先生方も多いかと思います。でも心配は無用です。様々な手助け策が用意されています。
GIGAスクール構想を実現するに際して、学校の人的支援を目的に設置されるのがGIGAスクールサポーターです。ICT環境整備等の知見を保有する方で、4校に2人配置することができるようです。彼らの業務内容は、ICT環境整備の設計、工事や納品対応、使用マニュアル(ルール)の作成、使用方法の周知などで、デジタル教育の基盤を整備してもらえます。また、GIGAスクールサポーター以外にも、ICT活用アドバイザーやICT支援員といったICT化のための人的支援を活用できるとのことですので、最大限活用して先生方の負担を軽減すべきでしょう。
なお、今回のコロナ禍のような緊急時でもICT活用による学習を継続できる環境を作るために、モバイルWi-Fiルータの貸与やUSB型LTEデータ通信機器の整備がサポートされています。さらに、遠隔学習をスムーズに実施するためのカメラやマイクなどの設備サポートもあります。
文科省、各自治体の教育委員会も今般のデジタル教育推進には本腰が入っているとみられます。現場の先生のための研修やセミナーなども適時企画されるはずですので、是非そうした支援の手を活用して壁を乗り越え、楽しく明るい教育現場の構築に励んでほしいと願っています。
デジタル教育で教師の方々に期待すること
筆者らは民間の製造業という限定された領域ではありますが、長い社会生活を経験して、企業で求められる人材像についても認識を深めました。具体的には、詰め込み教育を経て受験戦争を勝ち抜き高い知識レベルを獲得したとしても、企業の現場での業務遂行には必ずしも有益では無く、成果に比例するものではないということです。学力が高くてもそれを実務で活かせられない人を多く見てきました。知識や解析力が高いことは重要ですし強力な武器ですが、それを越える能力が実務遂行では重要なのです。
それは組織の中での課題対応能力ともいえる能力です。コミュニケーション力、自主性、自立性、柔軟性、決断力などといった、画一的知識とは異なる人間性に基づく生き方の部分です。さらには、クリエイティブな力、新しく何かを生み出す力も大切です。学校教育では、教科書だけでは容易に得られないこうした能力の育成が重要であると痛感しています。。
企業社会あるいはビジネスの世界では、顧客の要望を彼らの身になって良く聞いて把握し、それを満足する製品・サービスを開発して提供することが基本であり成功の鍵です。指導者が一人の生徒に向き合う場合も同じことがいえるのではないかと思います。生徒一人ひとりの個性や要求を大事にするという欧米で採用されていて近年我が国でも注目されている個性重視の教育につながります。
教育現場での実務や子供の指導法などについて筆者らは門外漢ですが、近年、明らかに時代が変化していること、それに伴い小中高校での教育のあり方は変化すべきことを実感しています。高度成長期の右肩上がりの社会では、できるだけ均一に、高い知識レベルを生徒に求めることが国の成長のために有効でした。しかし、バブル崩壊後のデフレ経済社会では、それまでの固定概念による成長モデルが限界を迎え、目指すべき目標を失いました。個の独創的アイデア、多様性、統合力などをベースとした新たな方向性の探求が必要になっているのです。
AI、IoTといった先端テクノロジーを駆使したイノベーションが望まれているのです。そのためには、クリエイティブでオリジナルな考え、全体をまとめる能力がなければ成長は期待できません。教育の在り方もそうした変化に沿った改革、すなわち教育のイノベーションが緊急課題になっていると思います。生徒一人に一台の端末配布を基本とするデジタル教育構想を着実に実現し、新時代に適応する子どもたちの成長を心から願うものです。
デジタル教育の意味をもう一度考えてみる
最後に、教育の基本的取組方針との対応を再確認してみたいと思います。茨城県教育委員会が発行する「茨城教育プラン」[5]では、4つの基本方針が掲げられています。
その4つの基本方針の中の「方針 1」は、「社会全体による子どもたちの自主性・自立性の育成」であり、次のように説明されています。
『学校・家庭・地域などが連携して子どもたちを守り育てる
ことにより,社会全体で子どもたちの自主性・自立性,規範意識などを育み,人間として生きていく上での基礎力を培います。』ということです。
また「方針 2」では、「確かな学力の習得と活用する力の育成」とし、以下の説明が付されています。
『変化の激しい時代をたくましく生き抜いていくため,地域を正しく理解し,グローバル社会で活躍できる力や最先端の科学技術を担う力など,これからの日本や世界をリードする人材となるために必要な基礎的・基本的な知識・技能や,自ら課題を発見し解決できる能力など,確かな学力の習得と活用する力の育成を図ります。』としています。
こうしてみますと、本ブログで主張してきたデジタル教育のあるべき姿は、方向性の点で教育の基本から逸脱したものでは全くないことが確認できます。別な言い方をすれば、上述した教育の基本方針の本質を維持継続しつつ、デジタル教育という教育のイノベーションを推進すべきといえるでしょう。
まとめ
文科省が推進するGIGAスクール構想の説明から始め、デジタル教育のあるべき姿、要望について理念的、精神論的な側面から述べてきました。今後、教育現場の先生の声を集めるなどして私どものできる具体策を模索しながら支援を続けていきたいと考えています。
心身の発達過程にある子どもたちに向かわれている先生方には、信頼と尊敬の対象としての存在であってほしいと願います。指導者としての理想像に近づけるのは容易ではないと思いますが、少なくとも自分を見失って忙しさを露わにして生徒に接する姿は好ましくありません。余裕をもち堂々とした姿勢でいてほしいのです。とはいえ積み重なる業務にはデジタル技術の恩恵を最大限活用して効率化し、肩ひじ張らず、これまでの信念を大切に、前向きに対応していただくことが私ども市民応援者の心からの願いです。
【参考資料】
[1] GIGAスクール構想の実現について
※ GIGA = Global and Innovation Gateway for All
https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm
[2]小学校プログラミング教育の手引(第三版)より
https://www.mext.go.jp/content/20200218-mxt_jogai02-100003171_002.pdf
[3]教育の情報化に関する手引き
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/mext_00117.html
[4]学校のICT化とは?ICT活用状況とGIGAスクール構想の要点整理!
https://teachforjapan.org/entry/column/2020/06/10/school-ict/
[5] 茨城教育プラン(概要版)
https://www.edu.pref.ibaraki.jp/board/welcome/keikaku/plan/2016-2020/gaiyou.pdf
以上
コメントをお書きください