長雨のゆううつを吹き飛ばすような気持ち良い秋晴れの日の午後、「はまぎくカフェ」のオープニングイベントに参加しました。社会福祉協議会(社協)が支援する「ふれあいーいきいきサロン」(市内には既に50以上のサロンがあり、地域のたまり場づくりの位置づけ)の一つとして発足したもので、那珂湊コミュニティセンター(大ホール)にて開催されました。
会の代表挨拶、社協からの祝辞のあと、岡部ちい子氏による講話「地域サロンの楽しさ 15年の実践より」、女声合唱団コロフィールによる合唱披露と続き、最期に茶話会、閉会の辞の約2時間のプログラムでした。地道ながらも強い精神力で地域の福祉活動に尽力された岡部さんの淡々とした話口に感銘を受けるとともに、思わず口ずさみたくなる女声合唱の清々しいハーモニー、和やかな会話を楽しむことができました。コロナ対策を含む事前準備がしっかりとなされ、手際よく整然と進行できていたと思います。筆者にとって、こうした市民交流サロン参加はほぼ初めての体験でしたが、新鮮で心地よい気分を味わいました。
東海村でサロン活動を主導された岡部さん
地域におけるサロン活動を積極的に進めてこられた岡部さん、その講話を振り返ってみます。岡部さんは戦争の影響で、祖父母に育てられたとはいえいじめや疎外など孤児のような不遇の幼少期を送りました。成人した直後に結婚するとすぐに、東海村の婦人会活動に参加させられました。その際、気の合う友人6名で始めた談笑の場がサロン活動の端緒だったようです。その後、当地域で児童や高齢者向けの様々な福祉活動に従事、例えばサロンやサークルなどのグループ活動を先導したり、サークル活動グループに弁当作りを働きかけたりと、抵抗や反発を受けながらも辛抱強く活動されたそうです。
そこで一番大切なこととして強調されたのは、対話相手の話をよく聴くということです。これはカウンセリングの礎を築いたカール・ロジャース[1][2]の教えですが、岡部さんはロジャースを学んだ大須賀発蔵さんの講話に感銘を受けたことがきっかけだと言います。それまで話をしてくれなかった息子に、「あーそう」「よかったね」とだけを言って聴く態度を示すと、とめどなく語ってくれたというエピソードを紹介してくれました。
カウンセリングの基本的手法である「傾聴」が岡部さんの活動の底流にあり、じっくり時間をかけて抵抗勢力の話をよく聴くという姿勢が、多くの障害を乗り越えられここまで来れた秘訣ということでした。
市民交流サロンで大切なこと
岡部さんが大切にされた「傾聴」は、サロン活動それ自体にも有効な向き合い方なのではないかと思います。筆者はカウンセリングや心理学には素人ですが、ロジャースの教えである「受容」「共感」「自己一致」という傾聴の基本概念に共鳴します。
人はその人生経験の中でその人独自の世界観や価値観を築いていますので、個人の意見はそれぞれ異なっていて多様です。人と人との交流の場では、そうした違いを踏まえて、あるがままの等身大を受け入れ、分析しないこと(受容)、相手への興味と関心にしたがって、愛と尊敬を持って話を聴くこと(共感)、自分の身にまとった立場や知識・論理を捨て埋もれている本当の自分自身に気づき、向き合うこと(自己一致)は、奥深く容易に体現できることではありませんが、対話をベースとするサロン活動では重要なことだと再確認できます。岡部さんは交流サロンでのこうした傾聴の必要性についても、言外に示していたのではないかとあらためて感じているところです。
市民交流サロンの価値を考えてみる
市民交流サロンは、社会福祉の一環として、地域の共生、つながり、きずなを維持継続する存在であり、社会の中での関係性を保ち、生活に潤いを与え、孤独・孤立を無くす、などの役割を果たす組織形態と理解しています。集まってくる人、集める人が心地よい雰囲気で、人との交流を通じて普段の悩みや苦痛を和らげる、生きていくうえでの栄養剤的なものとも言えるかもしれません。とはいえ、このような市民交流サロンがいくつも立ち上がり持続する根源的な理由は何なののでしょうか? それは心の満足、あるいは幸福感が得られるからではないでしょうか。
「幸福」はギリシャ・ローマ時代から議論されてきた哲学の主要テーマの一つですが、近年、幸福感に関するデータ分析をもとにした科学的研究やポジティブ心理学といった形で発展しているようです。筆者が敬愛する前野隆司先生はロボット開発から意識の研究へと展開し、システムデザインの中で「幸福学」を追究されています[3][4]。
ポイントを端的に言えば、「人が幸せになるためには、幸福感に影響する4つの心の要因のバランスがとれていることが必要」とまとめられます。その4つとは、①「やってみよう!」因子(自己実現と成長の因子)、②「ありがとう!」因子(人間関係/つながりと感謝の因子)、③「なんとかなる!」因子(前向きと楽観の因子)、④「あなたらしく!」因子(独立とマイペースの因子)としています。知的欲求を満たしたりして自分の成長を実感するとき(①)、友人・知人と交わり喜びや感謝の気持ちになるとき(②)、夢や希望に向かって歩んでいるとき(③)、自分の好きなことに熱中しているとき(④)に幸せな気持ちになることはよく実感することです。
和やかな雰囲気で、自分の心を解放して、人との会話に興じることのできる交流サロンは、ここにあげる要因を満たせる貴重な場といえるでしょう。とくに②の「人間関係/つながりと感謝」因子に強く関わる活動といえます。なお、男性より女性の方がより幸福度が高いといわれています。サロンに男性より女性の方がより多く集まる現象を説明しているかもしれません。
ハーバード大学で、75年にわたり700人もの人の幸福感を追究した報告があります[5]。その結論は、「良い人間関係が私たちの幸福と健康を高めてくれる」ということです。また、「身近にいる人たちとの人間関係の質が大切なのです」とも述べられています。市民交流サロンの価値を考えるとき、まさに傾聴し学びたいことだと思います。
楽しく愛される市民交流サロンに向けて
市民交流サロンは、多様な人々が楽しく快適にひと時を過ごすための自然な営みであり、今後も持続していく価値ある存在なのだろうと思います。それは一部の人たちに限定されず、誰でも気軽に抵抗なく参加できる場、機会であってほしいと感じます。ただ残念ながら、そうした市民への広がりが感じられないのが現状ではないでしょうか。誰にでも押し付けるものではありませんが、少しでも多くの市民にサロンの喜びを分かち合えるようなしくみ作りを探りたいものです。デジタル技術を活用し、情報のより広範囲への拡散が必要かもしれません。加えて、交流サロンまでの移動システム、公共交通機関の整備も重要な課題であることを指摘したいと思います。参加したいけれど足が無い、という事態は交流サロンの価値を損ないます。
サロン活動へは一人一人が自由に選んで参加でき、楽しめる開放的な雰囲気であってほしいです。開催形式にはあまりこだわらず、少人数でも気軽に集まって語り合える場とすべきで、開催準備や会の進行・運営に疲れ切ってしまうようでは本末転倒です。交流サロンの価値や意味づけは理解できても、実際の開催方法(場所、内容、連絡方法など)とそれに要する手間、役務のあり方はまだ検討の余地が大きいと思います。
私たちのグループでは、住みやすいまち、生き生きと元気に暮らせるまちづくり、を目指して様々な提言や支援の活動を進めています。人と人との交流を受け持ち促進していく場としての交流サロンの存在は、とても重要と考えています。ストレス解消や癒しの場にできれば存在意義は高まります。より住みやすいまちの構造の中の一機能として、交流サロンが自然な形で組み込まれているまちの将来像を思い描いているところです。
参考資料
●「傾聴」という人との向き合い方を基本とするカウンセリング法の始祖カール・ロジャースについてもっと知りたい方向け:
[1]カールロジャースが"受容・共感・自己一致"で伝えたかったこと
[2] カール・ロジャーズ(Carl Rogers)【前編】
https://www.psychologytopics.info/psychologist/carl-rogers/
カール・ロジャーズ(Carl Rogers)【後編】
https://www.psychologytopics.info/psychologist/carl-rogers-second/
●「幸福」についての最近の研究に関心のある方向け:
[3] 幸せのメカニズム:前野隆司
http://www.takashimaeno.com/maenosmovie.htm
[4] 2020年、大人が「幸せ」に生きる社会をどうつくるか
https://note.com/bigluck/n/n729116b74f17
[5] 700人を75年間追跡した研究からわかった「幸せな人生を送る秘訣」
https://www.lifehacker.jp/2017/03/170309_science_of_good_life.html
※「ポジティブ心理学」については他にも多数の参考資料があります。別の機会に紹介予定です。
以上
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