· 

■市内を快適で自由に移動できる新しい交通システムとは?

 

コロナ禍後の市内移動は以前の姿へ戻るだろうか?

 

新型コロナ感染症の蔓延が始まってから2年以上が経過し、ようやく少しの明るさが見えてきた一方、私たちの生活様式は大きく変化してしまったことをあらためて感じます。感染防止のために外出を控えたり、在宅で勤務する暮らし方が定着しました。しかし今後、戸外へ出る頻度も時間も徐々に増え、生活必需品の買い物や病気治療の通院などに制限されたてい外出は、コロナ禍以前の姿、すなわち元の人流や交通量に戻っていくものと予想されます。

 

 こうしてみると、私たちの暮らしの中で、地域内を移動する活動は暮らしの活発さのバロメーターであり、自由に移動できることの喜びは格別に大きいものと言えるでしょう。では皆さん、その市内移動はどのような手段に頼っていますか? 徒歩や自転車による近距離の外出を除けば、本市においては「自家用車(マイカー)」と答える方が大半ではないかと思います。そうなのです。本市は比較的平坦な地形のために、住宅地はもとより、ショッピング、通院、通勤での移動先が広域に分散すること、それらをつなぐ公共交通機関が十分に整備されていないことが理由です。20世紀型のモータリゼーション、つまりクルマ依存生活を基本とする都市構造になっているからです。

 

自家用車依存の市内移動を見直したい

 

 しかし、このクルマ依存の市民生活は曲がり角に来ていることを強調したいと思います。まず、高齢運転者による痛ましい交通事故が増えている問題です。既に65歳以上の人口は30%に近づきつつあり、さらに増大すると予測されています。道交法の改革により高齢者の免許更新が見直されたり、免許返納制度の周知が促進されるなど、対策は進んでいますが、地域内の移動手段が自家用車に限定される本市のような都市構造では、高齢者のクルマ離れは難しいというのが実態です。団塊世代の(後期)高齢化や、65歳以上の6人に一人と言われる認知症の更なる増加、など懸念要因が増えつつあるのです。

 

 次いで、気候変動への対応が大きな課題です。近年、地球上の平均気温が確実に上昇傾向にあることはご承知の通りで、このままの生活を続けていると地球の気候は危機的状況になります。自家用車を含む輸送分野の炭素排出量は、全排出量の約1割と大きく、その低減が必須です。電気自動車(EV)化が解決策の一つですが、国内では発電量の約3/4が火力発電に依存しているので、その削減は難しいというのが現状です。再生可能エネルギー(太陽光、風力)による火力発電の代替でカーボン・ニュートラルを目指していますが、目標の2050年達成は困難との見方が大勢です。

 

 クルマ社会における課題の一つに、交通渋滞があることも再認識すべきです。外出が抑制された昨今、渋滞は緩和傾向にはありますが、本市でも朝夕、特定の交差点などで渋滞が発生します。観光客が集中する海浜公園エリアでは、春のネモフィラ、秋のコキアの時期に、渋滞が深刻化しています。交通渋滞は、精神的ストレスをもたらすだけでなく、経済的にも損失であり、何と言っても排ガス、すなわち炭素量増大の大きな要因になります。クルマ非依存により改善される課題です。

 

自家用車依存からの脱却がもたらす効果

 

 さらに、クルマを保有、維持する生活は家計を圧迫するという問題があります。ウクライナ戦争に起因して原油価格が高騰し、しかも円安の影響もあって、ガソリン価格の上昇が深刻です。様々な物価の高騰も続くとみられ、家計負担の増加は止まらないと予想されます。車を維持するには、定期点検やメンテナンス・修理に費用がかかるばかりか、所持していても駐車場に四六時中停止しているという、経済的に非効率な代物なのです。所有欲は満たすかもしれませんが、その分を他の物品やサービスの享受に充てれば、生活満足度はあがり、しかも地域の経済が活性化するというメリットもあります。

 

 クルマに依存した生活では、足腰の衰弱、健康度の低下につながるという事実もあります。近距離であれば、徒歩や自転車、長距離でも公共交通機関と徒歩の組み合わせ、という選択によって健康維持、増進が図れるのです。急がずゆっくりと周囲の自然環境を楽しみながら目的地まで移動する、といった人間本来のもつ能力を楽しむ、人間性を取り戻す生き方は真の幸せをもたらしてくれるのではないでしょうか。

 

新しい交通システムの導入が住みよいまちへの改革の鍵

 

 自家用車に依存する生活は見直す時期に来ていることを述べました。しかし、地域内を自由に快適に移動したいという願望は自然なことであり、自治体で暮らす住民の当然の権利でもあります。その解決策の一つがMaaS(マース、Mobility as a Service)と呼ばれる新しい移動サービスです[1][2]。国土交通省では、「スマホアプリ又はwebサービスにより、地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに応じて、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービス」とMaaSを定義しています。言い換えれば、公共交通機関を中心とした移動体(ハード)と、乗り換えや料金支払いなど移動に関する情報(ソフト)とを上手に整理、結合して、誰にもわかりやすく提供する、地域を自由に移動できるサービス方法の総称と言えます。

 

 スマホやタブレット端末を用いて、目的地を設定すると、到着時刻や料金を含めた複数ルートが表示され、好みを選択すれば移動行動(最も近くの乗車位置や次の乗り換え場所など)を案内してくれる、といったイメージです。料金支払いも同時に可能、スマホに不慣れな場合は電話でも可能、などの対応も考慮されます。また、シェアサイクル、小売店、飲食店など移動に関連する多様な情報へも同時にアクセスできるように工夫されています。

 

政府や地方公共団体もMaaS普及を支援、観光振興へも効果

 

こうしたアイデアは、高齢化や過疎化が進む地方都市においてニーズが高く、現在全国各地で実証試験が進められており、一部住民への試験運用が始まっています。政府もこうした実証試験を強力に支援しています。国土交通省、経済産業省が共同で支援する事業(スマートモビリティチャレンジ)が4年ほど前から始まっています。県や市レベルでもそうした動きを加速するための予算措置が取られているところが目立ってきています。

 

政府や地方公共団体がモビリティの新サービス、MaaSに注力する理由の一つに、それが観光振興に有効であるという考え方があります。地域住民が便利で快適に移動できるということは、来訪者や観光客にとってもありがたいことなのです。魅力的なMaaSが構築されている地域には、人が集まります。クルマを使って来訪する客に対しても、(パーク&ライドなど含め)移動手段として体験、満足してもらえると期待されます。コロナ禍の鎮静化と最近の円安効果によってインバウンドの急増も予想されます。観光振興による地域経済の活性化にMaaSは大きく貢献できると考えられるのです。

 

MaaS実証試験の現状(ひたち圏域)

 

 本市を含めたひたち圏域でのMaaS実証試験については、茨城交通、みちのりホールディングスなどが中心となって推進されています。参考資料[2]に現状と課題が詳述されています。その中で興味深い内容を紹介します。

 

・日立市での実証試験では、廃線となった日立電鉄路線跡および専用レーンを走行するBRTBus Rapid Transit=バス高速輸送システム)と、その停車駅に結合するAI(人工知能)利用のオンデマンドタクシーとで構成される移動媒体、およびそれらをデジタルでつなぐアプリを導入することによって、近隣の住宅団地住民が指定・予約した通りに自宅からBRTへ(あるいはその逆)上手く乗り継げるかどうかを検証した。

・スマホアプリに不慣れな高齢者が多く、工夫、改善、普及に課題がある。

・利用者拡大のため、移動に小売(商品販売)を加えたアプリを検討中。

・末端部分の移動は、より自由で移動できる乗り物にし、基幹部分の移動は、一定程度乗る人を集めてまとめて効率的に運ぶ、というのが目指すべき姿。ブドウの房)のイメージ(一粒のブドウの実が地域交通のクラスター、それが連なって広域の移動が可能、粒と粒の間は路線バスや鉄道、BRTなどの基幹交通で結ぶ)。地域交通には、デマンドサービスによる移動を取り入れる。

・乗り継ぎの待ち時間を最小限にする、料金支払いを容易にする(定額制)などの実現が次のステップ。

・将来、自動運転が可能になったとしても、一人用の自動運転の乗り物がそこら中をたくさん走っている社会にはならないのではないか。。

MaaSアプリ構築に当たっては、関係する複数の交通事業者のオープンデータ化やデータ提供が重要だが、現状では難しさがある。

 

 なお、自動運転については、研究開発が盛んに推進されている段階で、完全自動運転の本格実用化まではまだ見通せていないのが現状です。ただ、日立市のBRTなどで実証試験中である公共交通機関への適用が効果的と言われています[3]。自動運転バスは、県南の境町でも採用され、実証が進められています[4]

 

本市へのMaaS展開に向けて

 

 以上紹介してきたMaaS技術に関して、本市でも海浜鉄道や茨城交通路線バスを利用したシステム構築が進められています[5]。複数の異なるバス路線(含む海浜鉄道)の時刻表データをつなぎ合わせ、乗り継ぎを介して目的地までのルートをスマホ上に提供しようとするアプリの開発であり、運行データの共通基盤構築が狙いです。ショッピングやシェアサイクルなどの情報も付加し、アプリの価値を向上しようとしているようです。

 

 ローカルなMaaSは、民間事業者が主体となって実証が開始した段階です。しかし、いくつかの事例を見てみると、市民の声の吸い上げ、行政の主体的参画と官民連携、強力なリーダーシップ、などが円滑な立ち上げ、推進のための必須条件と結論できます。様々なメリットのあるMaaSを本市にも是非展開してほしいと切望するところです。行政に対しては、現状およびその将来性を客観的にとらえて、先行事例の調査による課題と対策の調査とともに、実装に向け動く体制の整備を強く求めたいと思います。こうした具体的取り組み方法については、次のブログでもう少し突っ込んだ議論を予定しています。

 

 

■参考資料

 

[1]モビリティのこれから

地方都市ほどMaaSが必要な理由とは? 4つの事例に見る社会実装の意義

20210317日(水)1800

https://www.newsweekjapan.jp/kusuda/2021/03/maas-1.php

 

[2]MaaSは超高齢社会の移動問題を解決するか~バス会社「みちのりホールディングス」の取り組みから考える~

ニッセイ基礎研究所 坊 美生子

https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=68431?site=nli

 

[3] 自動運転はいつから実用化される?レベル別に実用化の期待時期、現状の開発状況や課題を解説

2021.01.28

https://www.macnica.co.jp/business/maas/columns/135715/

 

[4] 自動運転バス、社会受容への道筋(前編)

https://project.nikkeibp.co.jp/mirakoto/atcl/city/h_vol62/

自動運転バス、社会受容への道筋(後編)

https://project.nikkeibp.co.jp/mirakoto/atcl/city/h_vol63/

 

[5] 茨城MaaS共通基盤の構築と公共交通運行データ利活用推進

最終報告

https://www.pref.ibaraki.jp/dxinnovationpj/pdf/final/3ibaraki.pdf

 

■参考ブログ 本ブログの市内移動システムテゴリー

脱炭素化の動きが活発になって市内移動システムはどう進展する?

市内移動システムを創造するときに知っておきたい都市の新概念

地方都市内の移動システムを自家用車に依存しないという視点で考えてみる

地方都市の新しい移動システムを想像してみる

 

 

以上