クルマ依存社会からの脱却を真剣に考えるべき
気候変動抑止、交通事故削減、景気低迷への対応、といった現状の重要課題を解決し、健康で豊かな暮らし実現に向けた持続的な社会形成のためには、クルマ依存生活を控えて、どこへでも自由で快適に移動できる都市交通システムへ早期にシフトすべきであることを前ブログで指摘しました。公共交通機関を整備するとともに、デジタル技術を活用した移動サービス(MaaS)構築が強く求められるのです。こうした議論は腑に落ちない、非現実的、などと感じる方が多いかもしれません。そこでまず、以下のデータを紹介します。
最初に一人当たりの自家用車保有台数を都道府県別にみてみましょう[1]。それによると、茨城県は群馬県に次いで全国第2位と極めて高いことがわかります。群馬が0.690台/人に対し、茨城は0.666台/人です(2018年)。東京、大阪、神奈川などの大都市圏では0.2~0.3台/人ですから、地方ではクルマ依存が著しいことが確認できます。ちなみに栃木県が同率2位で、北関東の自家用車保有率が高いことが特長です。
次いで都市別で見てみましょう[2]。茨城県内では、ひたちなか市は筑西市に次いで見事第2位(全国第26位)と高いことがわかります(2015年)。数値は、筑西市0.688台/人、ひたちなか市 0.628台/人となっています。ほぼ3人で2台の自家用車を保有していることになります。分母には、運転免許を持たない子供や超高齢者なども含みますので、自家用車数がどれだけ多いか理解できると思います。要するに、本市はクルマが無いと普段の生活が困難な都市環境であると言えるでしょう。住宅地や生活に必要な拠点が広域に分散していること、公共交通機関が未整備で利用者が少ないことを如実に物語っています。
自家用車保有率が高いことを喜んではいられません。コロナ禍が一段落すれば、気候変動問題対応、すなわち脱炭素化の動きが確実に活発化します。別ブログで述べているように、電気自動車(EV)は脱炭素化の即戦力にはなりません。バッテリー性能、充電ステーション普及などに課題があるほか、使用する電力の脱炭素化が難しいからです。また、EV車と言っても、鉄、銅、アルミ、ガラスなどの構成材料やバッテリーほか多様な部材の製造工程で多量の二酸化炭素排出が避けられません。脱炭素化のためには、クルマの台数を減らす以外に有効な手段は見当たらないと言えるでしょう。移動の利便性向上のためのデジタル化(MaaS)導入促進、および公共交通機関整備とそれを活用した都市構造に変えていく必要があるのです。
なお、クルマの数を減らす方法として、カーシェアリングも提案されています[3]。しかしこれは、市民に広く受け入れられる手法かどうか、本市のような(人口密度の低い)地方都市に適するかどうか、など検討が必要です。。
気候変動対策で先行する欧州の取り組み
気候変動への問題意識が高く、すでに脱炭素化技術で先行する欧州では、市内移動システムの変革も進んでいます。移動のデジタル化やカーシェアなどで革新的な試みが実施されている[3]だけでなく、最近、脱炭素化に有効な電車、トラムなどの公共交通機関へのシフトを加速させています[4]。例えば、ドイツ全土で長距離列車を除く全ての公共交通機関が1か月9ユーロ(約1200円)で乗り放題になる2022年6月1日からスタート)というのです。同様なことは、オーストリアやベルギー、ニュージーランドでも試行されるようです。気候危機対策としての炭素排出抑止、移動による経済活性化、国民の負担軽減、という「三方良し」の持続可能な交通政策として注目されています。
以上述べてきたことは、市内移動システムを時代のニーズに合わせて、的確かつ速やかに変化させていくべき時期にあることを実例で示したものです。日本の公共交通機関が諸外国のものに比べて遅れているというわけではなく[5]、首都圏の過密なタイムテーブルでも分刻みで運行できることをはじめ、定時性、大量輸送性、速達性は誇るべきです。ここで強調したいのは、公共交通機関が未発達な地方都市において、そうした優れた技術をフルに活用して、クルマに依存しなくても市民が自由で快適に地域を移動できる都市交通システムを早期に実現する必要があるということです。
地方都市の移動システム新規導入のための提案
日本の地方都市における公共交通の活性化・革新への取り組みが遅れている原因について、国土交通省国土交通研究所の研究報告[6]を参照しつつ考えてみたいと思います。この報告では、国内各都市と英仏独米の代表的都市について、地域交通の特徴、政策、課題などを文献やヒアリングで調査しています。中でも、本市と都市規模が比較的類似する仏南部モンペリエ市(人口約26万人、面積154km2で本市の概ね1.5倍)の公共交通サービスが参考になります。詳細は省略しますが、公共交通は主にトラム(4路線、56km)とバス(33 路線、約 400km)とで構成され、デジタル連携したサービスが、半官半民会社によって円滑に運営、提供されているとのことです。こうした欧米の状況を踏まえ、今後日本で公共交通サービスを展開するうえで重要なポイントを6つに整理しています。
(1) 自治体の役割が不明確
◇日本では、民間公共交通事業者と自治体の立場、役割が明確でなく、両者の責任の所在も不明瞭。
◇欧米諸国では、地域公共交通サービスは行政が責任を負い、地方自治体が公共交通サービスを提供することが一般的。具体的には、地方自治体が地域の公共交通のサービス水準や料金等を決め、入札等により選定した事業者に運行業務を委託する仕組みが主流。
(2) 民間事業者の経営努力不足
◇日本では、民間事業者が国・自治体からの赤字補填に頼って、経営努力が不足している場合が多い。
◇欧米諸国では、公共交通の運行を委託する事業者を競争入札で選ぶとともに、さらに契約後も、受託事業者のパフォーマンスをモニターし、その達成度に応じて、ボーナス(補助金)もしくはペナルティ(罰金)を付与することで、経営努力を促している事例がある。
(3) 交通ネットワーク全体のビジョン・調整力の欠落
◇日本では、交通ネットワーク全体について明確なビジョンを持たない自治体が多い。また、民間事業者間の連携を進める際、自治体に権限がないため調整が難しい。
◇欧米諸国では、地方自治体に交通計画の策定を義務付けている例が多く、全ての交通モード、道路整備、駐車政策も含むなど包括的なものが一般的。具体的目標、それを測る指標が設定され、達成度が評価されるとともに、マイカーから公共交通利用への転換を促す仕組み(ロードプライシング、駐車場課金、公共交通通勤費の税制優遇)が含まれているケースもある。
(4) 財源が不十分
◇日本では、公共交通に配分される財源が少ないため、 LRT や BRT の導入は難しい、などの問題を生じている。
◇欧米諸国では、特定財源(フランスの交通税、ドイツの鉱油税、アメリカの燃料税、デンバーの売上税等)を含め、公共交通に割り当てられる予算が充実しており、公共交通のコストに占める公的資金の割合が総じて大きい。
(5) 都市計画・土地利用と交通計画の不整合
◇日本の地方自治体においては、都市計画・土地利用計画と交通計画が違う年度に別の部署で策定されることが多く、整合が図られないことが少なくない。交通計画が、上位の土地利用・都市計画の後追いになることもある。そのため、交通と無関係に宅地開発や区画整理が行われたり、マイカーの利便向上のための道路整備のみ進捗したりしてしまう。
◇欧米諸国では、土地利用と交通計画の整合性を取るための仕組みがあり、公共交通へのアクセスのよい場所への住宅・企業の立地を促し、移動を短くし交通負荷を下げる土地利用を目指している。
(6) 住民合意の方法が未成熟
◇日本では、公共交通に対する関心が一般に薄く、自ら利用しようとはしないにもかかわらず、路線廃止・減便に対しては住民からの反対がなされることが多い。住民説明会の参加者が弱者や反対派に偏って陳情の場となってしまい、意見がまとまらないことも少なくない。
◇欧米諸国においては、交通計画案策定段階から、事業者のみならず、住民の意見を聴取することが法定化されている。
日本の地方都市で、クルマ依存から公共交通機関へのシフトが起きにくい理由が客観的にまとめられていて、納得できます。市民の意識を高めていくことの重要性は再認識しますが、やはり政府、地方自治体の先導による社会実装のためのしくみ整備がまず求められると思います。
民主主義の成熟度で先を行く欧州との比較では、地方行政政策で日本が見劣りするのは必然かもしれません。コロナ禍でデジタル化やグリーン化への対応が欧米に比べ周回遅れであることが明らかになったことを考慮すれば、強烈な機器や外圧が無いと変わらない日本の特異性が表れているともいえるでしょう。地方創生についても、政策が打ち出されてからすでに数年が経過しています。日本は課題先進国である上、債務残高がGDPの2倍以上と大きく財政的にひっ迫する中、新モビリティ普及を目指した政策投入はあるものの、地方が抱える問題解決には中々手が回りにくいというのが現実かもしれません。
問題解決に向け、財源不足、組織の壁、保守的思考など、様々な障害があっても、独自の前向きな取り組みによって、地域の交通システム改革を推進している自治体もあります。一つの事例を次に紹介します。
コミュニティバスからオンデマンドバスへ転換した事例
長野県塩尻市では、本市と同様、市内各所を巡回するコミュニティバスを運行していました。しかし、郊外型のショッピングセンター依存への変化、マイカー利用の増加など生活形態の変化により、コミュニティバス利用者が徐々に減少傾向にありました。運営補助金を負担する市側は、こうした変化に早期に気づき、新たなモビリティとして、オンデマンドバスの導入を検討、実証試験を経て実用化に至っています[7][8]。行政が、動画を用いるなどして、新システムの利活用方法を市民に判りやすく伝え、普及を積極的に図っいる点も参考になります。
この例では、旧態依然のやり方にこだわらず、デジタル技術に依拠する時代の新たな変化を的確にとらえるとともに、行政主導で迅速に改革を推進したことが注目されます。官民連携を主導する(一般財団法人)塩尻市振興公社の存在が大きく貢献していることも推進上の鍵と考えられます。行政側の強力なリーダーシップが推進力のかなめであることは言うまでもないでしょう。
地方都市の公共交通システム改革の必要性、課題、事例などを述べてきました。最後に、長く続く景気低迷を払しょくし、次世代に明るい未来を残すためにも、政府、地方自治体には、ローカルな交通システム改革に対し、一層の注力を願い、本ブログの締めとします。
■参考資料:
[1]都道府県データランキング 『自家用車普及台数』
https://uub.jp/pdr/t/cr_6.html
[2]都市別の自家用乗用車の普及状況(軽自動車を含む)
― 保有台数の上位200都市 ―
https://www.airia.or.jp/publish/file/r5c6pv000000elav-att/r5c6pv000000elba.pdf
[3]ドイツで進む「新しいクルマ」のあり方 企業も市民も行政も価値観を変えた 2020年08月07日(金)18時50分
https://www.newsweekjapan.jp/takemura/2020/08/post-4.php
[4]なぜ? 欧州で相次ぐ「電車賃」超大幅値下げ 日本は実現できないのか?
2022/5/31(火) 4:31配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/418cf66a3fcffd4290058208cdfebc9b69e4bb85
[5]日本のMaaS普及は本当に遅れているのか?
2021年02月15日(月)18時35分
https://www.newsweekjapan.jp/kusuda/2021/02/maas.php
[6]地方都市における地域公共交通の維持・活性化に関する
調査研究(報告)
国土交通省国土交通政策研究所
https://www.mlit.go.jp/pri/kikanshi/pdf/55-5.pdf
[7]第16回 長野県塩尻市:コミュニティバスからオンデマンドバスに転換、自動運転も視野に
https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/052500076/011300025/
[8]AI活用型オンデマンドバス「のるーと塩尻」の運行について
https://www.city.shiojiri.lg.jp/soshiki/33/11587.html
■参考ブログ[本ブログの別ページ] リンク
市内を快適で自由に移動できる新しい交通システムとは?
脱炭素化の動きが活発になって市内移動システムはどう進展する?
市内移動システムを創造するときに知っておきたい都市の新概念
地方都市内の移動システムを自家用車に依存しないという視点で考えてみる
地方都市の新しい移動システムを想像してみる
以上
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